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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)128号 判決

原告 佐々木裕一

右法定代理人親権者父 佐々木達士

同母 佐々木恵子

原告 佐々木達士

原告 佐々木恵子

右原告ら訴訟代理人弁護士 入江五郎

被告 株式会社 大札幌ゴルフ場

右代表者代表取締役 寿原忠司

右訴訟代理人弁護士 廣井淳

同 廣井喜美子

同 難波隆一

主文

一  被告は、原告佐々木裕一に対し金一〇〇万円、原告佐々木達士に対し金九万三四四一円、原告佐々木恵子に対し金一六万二四四一円及びこれらに対する昭和五一年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一は原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐々木裕一に対し金一四〇万七五〇〇円、原告佐々木達士に対し金九万九二二一円、原告佐々木恵子に対し金一八万五二二一円と右各金員に対しそれぞれ昭和五一年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は石狩郡当別町字弁華別においてゴルフ場を経営する会社であり、同ゴルフ場で働くキャディのための社内保育施設(以下本件保育所という)を有している。

原告佐々木恵子は同佐々木達士の妻で、昭和五一年七月からキャディとして被告に雇用され、右保育所に次男である原告佐々木裕一(当時二才八ヶ月)を預けて勤務していた。

(事故の発生)

2  昭和五一年一〇月一七日午前、原告裕一は本件保育所内の水飲場近くに置かれていた冷蔵庫(以下本件冷蔵庫という)附近で遊戯中、冷蔵庫上にあった熱湯入り魔法瓶(以下本件ポットという)が同人の頭上より倒れかかったため、頭部及び胸部等に熱湯を浴び、その結果、顔面、胸部、左腕に熱傷第二度に相当する火傷を負った(以下本件事故という)。

(被告の責任)

3(一)  本件保育所の保母である訴外酒井百合子、同川崎のり子、同山岸百合子、同工藤某女らには次のような過失がある。

右四名はいずれも本件事故当時、右保育所の保母であったところ、同女らは原告恵子がキャディとして稼働する間、原告裕一を預かり、その監護を委されていたから、幼児である同人の生命、身体に危険が生じないよう注意してその行動を監視、監督し、また保育中の幼児ら(以下園児という)の行動範囲内に危険物を持込まないなどの配慮をしたうえ、これを監護すべき注意義務があった。しかるに、日ごろ、園児らが本件冷蔵庫に近寄り、しかも勝手にドアを開閉することもあったから、ドアの開閉等により冷蔵庫が安定性を欠き、上に置かれたものが転倒ないしは落下することが十分予想できたのに事故当時、右冷蔵庫上に熱湯入りの右ポットを置いた過失により本件の事故が発生した。

(二) 被告は右四名の使用者であり、右保育は被告の事業の執行に付きなされたものである。

従って、被告は原告らに対し、民法七一五条に基づき原告らの被った後記損害を賠償すべき義務がある。

(損害)

4(一)  本件火傷の治療のため次のとおりの治療費等を要し、原告達士及び同恵子はそれぞれ二分の一ずつ出捐した。

(1) 治療費 九万一九四二円

(昭和五一年一〇月一七日から同年一二月二八日までの間)

(2) 入院中の付添費 三万六〇〇〇円

(同年一〇月一七日から同年一一月三日まで一八日間。但し一日二〇〇〇円)

(3) 入院中の諸雑費 九〇〇〇円

(右同期間中。但し一日五〇〇円)

(4) 通院中の付添費 三万五〇〇〇円

(同年一一月四日から同年一二月二八日まで三五日間。但し一日一〇〇〇円)

(5) 交通費 二万六五〇〇円

(入院及び通院期間中。但し一日五〇〇円)

(二) 原告恵子の逸失利益

(1) 原告恵子は本件事故により同裕一の火傷治療のため退職を余儀なくされ、事故がなければキャディとして稼働し得た昭和五一年一〇月一七日から同年一一月五日まで(二〇日間)の賃金収入合計五万六〇〇〇円(一日二八〇〇円)を喪失した。

(2) 原告恵子は右退職によりゴルフシーズン終了によるゴルフ場閉鎖に伴い同年一一月五日被告から支給されるクローズ手当三万円の受給が得られなかった。

(三) 原告裕一の慰謝料

(1) 入院及び通院による慰謝料 三九万七五〇〇円

(2) 後遺症による慰謝料 一〇一万円

原告裕一は現在も通院加療中であるが、後日、受傷部位である左腕上部及び胸部に手のひら大の、頸部にこぶし大の、それぞれ傷痕が残る模様であり、完治させるには二、三年経過を観察したうえで皮膚移植等の手続を要するもので、その後遺症としては自動車損害賠償保障法施行令二条の別表に照らすと一三級の後遺障害に該当する。

5  よって、被告に対し、原告裕一は前項(三)記載の慰謝料合計一四〇万七五〇〇円、原告達士は前項(一)記載の損害の二分の一である九万九二二一円、原告恵子は右金員に前項(二)記載の逸失利益合計八万六〇〇〇円を加算した合計一八万五二二一円及び右各金員に対する不法行為時たる昭和五一年一〇月一七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  認否

請求原因事実1は認める。

同2のうち、原告ら主張の日時に原告裕一が本件保育所内で顔面、胸部、左腕に火傷を負ったことは認める。火傷の程度が第二度であることは不知、その余は否認する。

同3のうち、被告が原告ら主張の四名を保母として本件保育所で使用していたことは認め、その余はすべて否認する。

同4、(一)は不知、同(二)は否認、同(三)のうち原告裕一の入院及び通院の事実は不知、その余はすべて否認する。

同5は争う。

2  被告の主張

本件保育所の保育料は無料であるから、原告裕一の託児関係については無償寄託契約に準じ、園児らに対する注意義務は自己のものと同一の程度の注意義務に軽減されるべきであり、本件において被告には右注意義務違反はない。

仮に本件において注意義務の程度が軽減されないとしても、原告裕一は保母らに隠れて本件保育所内の水飲場と本件冷蔵庫の間に置いてあったダンボール箱中の金属製くず籠のふちに乗り、その上に立って高さ一メートルの冷蔵庫上中央部にあった本件ポット(高さ四二センチメートル、直径一五センチメートル、容積二・五三リットル)に手をかけたところ、くず籠もろとも転倒し、その際ポットをも倒して火傷を負ったもので、本件事故は原告裕一の予想外の異常ないたずらにより発生したもので保母らに過失はない。

三  抗弁(仮定)

仮に、被告になんらかの責任があるとしても、その損害賠償額算定に当っては前項2で述べた経過からみて原告裕一の過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

原告裕一に過失があったことは否認、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実1は当事者間に争いがない。

(事故の発生)

二  昭和五一年一〇月一七日午前、原告佐々木裕一が本件保育所内において顔面、胸部、左腕に火傷を負ったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告は園児らが自宅から持参する牛乳、ジュース等を保管するため本件保育所内に冷蔵庫(ナショナルNR―一五四R、高さ約一メートル)一台を備え付けており、同保育所の保母らは右冷蔵庫上に主に保母らの昼食用に用いる熱湯入りのポット(象印フローラ、SDR―二五〇〇、高さ四二センチメートル、容積二・五三リットル)を常日頃置いていたこと。そして、右ポットへの給湯は毎朝、園児らの登園前に保育所の隣りの棟にあるキャディ室内の炊事場で行なっていたもので、事故当日も午前七時四〇分ころまでには後述の保母のうちの一人がいつものように本件ポットに給湯して保育所内に持ち込み、本件冷蔵庫上に置いていたこと。右当日は日曜日であったため、登園した園児はいつもより少なく二六名であり、うち三才未満のもの一一名、三才のもの九名、三才以上のもの六名で、これを訴外山岸百合子(保母の資格有り)、川崎のり子、酒井百合子、工藤某女ら四名の保母が保育していたもので、同日午前八時三〇分ころ、保母らが園児らに食事及び着替え等をさせている隙に、原告裕一は本件冷蔵庫脇にあった縦三七センチメートル、横三一センチメートル、高さ二六センチメートルのダンボール箱の縁ないしは右ダンボール箱中に入れてあった高さ約二〇センチメートルのブリキ製のゴミバケツの縁に足をかけて立ち、冷蔵庫上の本件ポットに手を触れた際、何らかの拍子で体のバランスを失い、その場に転倒したため、同時に右ポットをも倒し、流出した熱湯を胸部、左腕等に浴びたものであることが推認でき、右推認を左右するに足りる証拠はない。

そして、右事故による熱傷の程度については《証拠省略》によれば熱傷第二度と認められ、これに反する証拠はない。

(被告の責任)

三  前示事実によれば、本件において保母らは三才未満の幼児らのいる保育室内の冷蔵庫上に熱湯入りのポットを置いていたもので、《証拠省略》によれば原告裕一の身長は当時、七〇ないし八〇センチメートルであったと推認され、これに右冷蔵庫及びその脇にあったダンボール等の高さをも考慮すると原告裕一がダンボールの縁等に乗った場合には容易に冷蔵庫上に手が届くことが予想され、通常三才前後の幼児にとっては大人の常識では考えられない場所を遊び場とし、又、異常とも思えるものを遊び道具とすることが予想されるのであり、園児を預かる保母としてはこれらを予定し、そのために生ずる危険防止のため、熱湯入りのポットを園児の遊戯室内に持ち込み、園児の手が届く可能性のある場所に置くことなく、又、使用する場合にはその都度これを持ち込むなどの方法をとるべきであり、《証拠省略》によれば本件事故後、被告の指示により本件ポットを使用しないときは前示炊事場に置いていることが認められるのであり、このような方法をとることは容易であったと認められる。とすると、本件の如く熱湯入りのポットを保育所内の冷蔵庫上に置いていたことは園児の安全を守るため十分の注意を尽すべき立場にあった者として前示保母らには重大な過失があるものといわなければならない。

そして、右保母らを被告が使用していたことは当事者間に争いがなく、保母らの右不法行為が被告の事業の執行につき行われたものであることは前示事実から明らかである。

従って、被告は原告らに対し、民法七一五条により原告らの被った後記損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(損害)

1  治療費

《証拠省略》によれば、原告裕一は本件事故のあった昭和五一年一〇月一七日から同年一一月二日まで田辺病院(院長田辺和彦)に入院し、入院治療費等として合計六万二八〇九円を支払い、更に同月四日から同年一二月二八日まで浜田皮膚科病院(院長浜田久雄)に通院し、通院治療費として合計二万九〇七三円を支払ったことが認められ、右治療費合計九万一八八二円の損害を被ったことが明らかである。

2  入院付添費及び諸雑費

前示事実から原告裕一が入院中付添を要する幼児であることが明らかであり、《証拠省略》によれば右入院中原告恵子が付添っていたことが認められ、近親者付添費としては一日二〇〇〇円をもって相当と認められるから、結局右入院期間一七日分合計三万四〇〇〇円を正当な損害として認め、又、その間の入院雑費の額は一日五〇〇円がその相当の範囲内のものと認められ、右入院期間中の合計額は八五〇〇円である。

3  通院付添費及び通院交通費

原告裕一が当時二才八ヶ月の幼児であることは前示のとおりであるから通院のための付添を要することが明らかであり、その額は一日一〇〇〇円をもって、相当であると認められ、前示通院期間三五日間の合計額は三万五〇〇〇円である。

そして、《証拠省略》によれば原告裕一が付添人と共に自宅から前示浜田皮膚科病院へ通院するには片道二五〇円を要することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、通院交通費は一日五〇〇円が相当であり、右通院期間中の合計額一万七五〇〇円を本件事故による損害と認める。

なお、以上の各損害については原告裕一が幼児であるためその父母である原告達士及び恵子がそれぞれ二分の一ずつ負担したことが弁論の全趣旨により明らかであり、又、右原告らは入院期間中の交通費をも請求するがその詳細についての主張、立証がないうえ、入院の事実と矛盾するので失当である。

4  原告恵子の逸失利益

《証拠省略》によれば、原告恵子は事故当時キャディとして被告から一日二八〇〇円の割合による基本給の支給を受けていたが、本件事故により退職を余儀なくされ、昭和五一年一〇月一七日からゴルフ場がシーズンオフのため閉鎖される同年一一月五日までの賃金合計五万六〇〇〇円を喪失したことが認められ、又、《証拠省略》によれば、被告はキャディに対し右同日クローズ手当として三万円を支給したことが認められるから、原告恵子は右退職により合計八万六〇〇〇円の賃金収入を喪失したことが明らかである。ところで、同原告については前示のとおり入院付添費一万七〇〇〇円(前示三万四〇〇〇円の二分の一)の損害を認めているので、同金員と右賃金喪失額との差額六万九〇〇〇円をもって自己の業務を休まざるを得なかったことによる損害と認める。

5  原告裕一の慰謝料

原告裕一の入院及び通院による慰謝料については前示受傷の部位、程度、入院及び通院期間等その他一切の事情を斟酌して二〇万円をもって相当と認める。

《証拠省略》によれば、原告裕一の熱傷による症状はすでに固定しており、次のような傷痕を残していること、すなわち、左あご下に一〇〇円玉大の熱傷特有の皮膚の盛上りを、又、胸の中央部には大人の手のひら大のケロイド症状を、更に左上腕部には右同様の皮膚の盛上りを、下腕部にはケロイド症状をそれぞれ残しており、これらの傷痕を治療するには将来皮膚移植をする必要があること、現在も右各部位を軟かくするための薬を塗っていることが認められ、以上の事実のほか本件における一切の事情を斟酌して原告裕一の後遺傷害による慰謝料として八〇万円を認めるのが相当である。

(過失相殺)

五  民法七二二条二項により未成年者たる被害者の過失を斟酌するためにはその未成年者に事理を弁識するに足りる知能が具わっていることを要すると解すべきであり、本件において原告裕一は当時二才八ヶ月であったからその危険性についてこれを弁識しうるに足りる知能を具えていたものとは到底推認できず、同原告の不注意をもって注意義務を欠いたとして過失相殺を認めることは相当でないから被告の(仮定)抗弁は採用しない。

六  よって、被告に対し、本訴請求のうち、原告裕一については一〇〇万円、同達士については九万三四四一円、同恵子については一六万二四四一円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五一年一〇月一七日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中由子)

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